青秀祐:PAX-4

http://bit.ly/c3TjNK
http://bit.ly/bGxcyt(pdfファイルです)

既に終了した展覧会ですが、平田剛志氏によるレビューが上がっていました。
http://bit.ly/93nMex

「(略)人を乗せて空を飛行することまで想定した近年の現代美術の作品からすれば、「紙飛行機」とはスケールの小さな児戯的な作品と感じるかもしれない。
 だが、この紙飛行機PAX-4は、ただの「紙飛行機」ではない。極薄の和紙を素材に、機体部分の鉛箔や手製の和紙デカールによって、金属的質感や重量感が演出され、機体の重量はレイヤーを一部肉抜きすることで軽減化を図り、機体のデザイン性と機能性のバランスを実現している。PAX-4は「紙飛行機」でありながら、構造設計が緻密に計算された工業製品のように造形化されているのである。(略)」

芸術作品としての価値を与えられるに至った折り紙に対して、低レベルで子供の遊びにすぎない「ただの紙飛行機」という評価。紙飛行機が折り紙の1レパートリーならば、別の価値も与えられて然るべきですが、何となく我々には折り紙と紙飛行機は別のものだという認識があるようです。ウェブニュースでも、「○○で行われたイベントで、子どもたちは折り紙や紙飛行機を作り云々」という記述がなされることから、それは割と共有されている認識なのではないか。

私は紙飛行機に別の価値を与えたい。いや、既に与えられているのであるが、それが一般人の認識に登らないのだ。

実はこの展示、情報を事前にいただいていたのですが、結局見に行きませんでした。
ウェブでコンセプトやなにやらを読んで、紙飛行機に対して真剣に向きあっておらず、浅薄な展示だと感じたからです。

ごてごて飾り立てたり、肉抜きをしたりした、見た目に豪華なへそ飛行機と、
何年(ともすると何十年)も掛け、徹底的に無駄を削り、コンマ何ミリのレベルで合理的な形を追求し続けた結果出来上がった、究極の「ただの紙飛行機」、どちらを見たいかと言ったら、私は絶対に後者を見たい。パッと見ではシンプルで、キャッチーではないだろうが、それは高められた技術と工夫の結晶なのだ。そしてそれには、周りから何を言われようと追求し続けた人の魂が入っていると思うからだ。シンプル・イズ・ザ・ベストというではないか。そもそも、飾り立てたへそ飛行機は、いたずらに気流を乱すもので、飛行機としても目指すべきものではない。
紙飛行機は続けたからといって何か褒められるわけではないし、へぇ、変わってるね、と言われるのが関の山。
追求し続けることは、並大抵のことではできない。興味半分では絶対に続けられない。そのうち飽きてしまうか、周りの目を気にしてやめてしまう。紙飛行機を通じて地域社会づくりに貢献したいという確固たる信念、人からどんな目で見られようと、人に喜んでもらえるならそれで良いという思い切り、周囲の理解、そういうものがあって、紙飛行機は追求し続けることができる。

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