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折り紙で表現することについて

マニアの世界では、微に入り細を穿ち、非常に凝った作りの折り紙が目下主流である。

昆虫なら、足のトゲとか、腹の節とか、人物なら着衣の豊かなドレープ感とか、もう凄いことになっていて、本当にびっくりする。

でも、むやみやたら細かく表現することが、良い作品を作ることに繋がるとは思わない。むしろあっちこっち凝りすぎて、そのことが却って完成度をスポイルしているように思われるものも見受けられる。

ほうれい線の目立つシワだらけの似顔絵を描いたら、モチーフの女性から大ヒンシュクを買うのは必定であるが、そういうことである。似顔絵で表現すべきは、何よりモチーフの内面、外に滲み出る雰囲気なのであって、老化が進んだ顔のシワやシミ、たるんだアゴではないのだ。結果的にそれを表現することになっても、それは目的達成のためのプロセスであって、あくまでも目的ではないのだ。

折り紙で何か形を作るなら、ディテールについては、どこまでも凝る必要は無く、どのようなイメージを形にしたいのかをきちっと決めた上で、作っていくのが良い方法だと思う。

もっとも、技術的な興味関心から、昆虫であれば触角の節や体毛まで、どこまでもディテールに凝ってみることは、技術を磨く目的で挑戦する分には大いに結構だと思うし、それを否定するものではなく、実際私も試みることがある。

けれども、どのようなイメージを形にしたいのか漠然としたままにどんどん折り進めて、結果そこここのディテールばかりがお互いに主張しあって目につき、全体として見た時に統一感を欠き、雰囲気の無い作品になってしまったのでは、非常にもったいないことになる。

折り紙でできることにはどうしても限界があって、あらゆること全てを表現し切ることはできない。だから、素敵な小品を作ろうと思うなら、どのようなイメージを形にしたいのかをしっかり考えた上で、作り始めるべきだ。

先日、江戸東京たてもの園に行ってきた。現在行われているジブリ展を見るためであるが、この中で、『アルプスの少女ハイジ』に関する絵の指示書が展示されていた。指示書には、劇中登場する木製の椅子について、その描写タッチにつき「描きすぎないよう」詳細な指示が書かれていた。描きすぎないことで、却って作品全体に流れる柔らかな空気感をより的確に表現することができる、という訳だ。

吉澤章氏の「ちょう」は、翅を折り出しつつ頭を折り出す工程の合理性と面白さ、紙に負担がかからず、紙の表情を楽しむことのできる構造、そして何より親しみやすく、シンプルで軽やかな形であることが、それをマスターピースたらしめている。

折り自体は非常に簡単なもので、触角も無ければ脚も無い、もちろん眼も無ければ口吻も無く、腹の節も無いが、これ以上蝶らしい軽やかさをうまく表現した蝶の作品を見たことはない。

技術は表現のためのツールであって、それ自体はゴール足り得ないのである。

思うことを書いていたら、長文になってしまった。
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